「もうものづくりの会社ではない」——社会イノベーション事業への転換を宣言した日立製作所。かたや「つくるだけで終わりの建設会社ではない」インフロニア・ホールディングスは「脱請負」を掲げ、建設業の枠を超えた総合インフラサービス企業への変革を続けています。歩む道は違えど、歩む志は同じ。両社が見据えるのは、社会課題の解決を成長の原動力に変える経営です。壮大な構想をいかに実装してきたのか。その要諦を、二人の経営者が語り合いました。
岐部 私たちが今の事業モデルを目指すようになった原点には、日本のインフラが抱える構造的な課題があります。人口減少と高齢化が進む一方で、高度経済成長期に整備された道路や上下水道、公共施設は一斉に更新時期を迎えています。しかし、それらを従来と同じやり方で維持していくことは、財政面から見ても簡単ではありません。この現実を前に当社が選んだのは、インフラの維持管理コストを下げながら、新しい技術やビジネスモデルでサービスの質はむしろ高めるという道です。また、事業や投資にも関わることで、地域社会、行政、当社のそれぞれにメリットが生まれる「三方よし」の関係をつくりたい。そのような姿を追い求めてきました。
東原 「三方よし」はいい言葉ですよね。今は短期的な株主価値が重視される傾向がありますが、その存在意義を突き詰めれば、会社は「社会の公器」であるべきです。従業員一人ひとりが「あの橋の設計に自分は関わった」「今日一日、社会に貢献できた」と実感できる。その気持ちこそが、会社を引っ張るドライビングフォースになります。稼ぐことはもちろん大事です。稼がなければ次の研究開発投資も従業員への還元もできません。ただ、「論語と算盤」で言えば、算盤が先ではだめで、論語があって算盤という順番でないといけない。プロフィットファーストではなく、社会貢献の意識を持ったうえで稼ぐ。この順番を間違えると、会社はうまく成長できません。
東原
日立製作所は2009年3月期に当時の日本の製造業で最大となる7,873億円の赤字を計上しました。もう一度大きな赤字を出せば潰れるところまで追い込まれ、川村隆さんが全権を握って立て直しを図り、続く中西宏明さんが中長期のビジョンとして「社会イノベーション事業」というコンセプトを打ち出しました。
私が2014年に社長を引き継いでから、まず向き合ったのは、10年以上続いてきた日立製作所本体の赤字構造です。売上は伸び、営業利益も黒字なのに、22社の上場子会社の少数株主に利益を配分すると当期利益は赤字になる。「本体は研究開発をしているのだから赤字でもいい」という甘えの体質があったのです。
この体質を断ち切るために、決めたことが2つあります。社会イノベーション事業を進める以上は、稼げる会社に変わること。そして、人口減少で国内のインフラ需要が縮む前提に立ち、グローバルで戦える会社になることです。ただ、当時はまだ社会イノベーション事業の定義や目的がやや曖昧だった。だから「社会インフラをデジタル技術でより高度なものにし、人々のクオリティ・オブ・ライフを向上させる事業」と自分なりに定義し、社内浸透を図りました。
日立製作所は、5馬力のモーターから電車、コンピューターまで、「いいものをつくれば売れる」という発想で成長してきた会社です。しかし、1975年にMicrosoftが生まれて以降、世界のビジネスモデルはハードウェアからソフトウェア、サービスへと移っていました。それでも製造業の発想から抜け出せなかったことが、大赤字の根本にあったのだと思います。これからは市場価格に合わせて原価を切り詰めるのではなく、お客様の課題を聞き、デジタルで解決策を提供して付加価値を高める勝負になる。勝ち方が変われば持つべき事業も変わりますから、徹底したスクラップアンドビルドに踏み切り、22社あった上場子会社をすべて売却して、得た資金を成長領域に投じ直しました。
岐部
前田建設も2008年3月期に458億円の赤字を出し、早期退職を募るまで踏み込まざるを得ませんでした。その一部始終を経営企画部長として経験した私は、「二度と同じことを繰り返さない」と誓いました。この決意が今の経営の原点です。
ただ、現場の意識は必ずしも経営の考え方と同じではありません。多くの社員は「日本一のビルを建てたい」「大きなダムを作りたい」という思いで入社しており、大型工事に携わること自体が大きなモチベーションになっています。採算が悪化しても「それは経営者が考えること」という意識が少なからず存在していました。そうした構造を変えるために掲げたのが「脱請負」です。単に工事を受注してつくって引き渡すだけではなく、企画・設計から施工、運営、維持管理まで事業全体に関わり、自ら価値を生み出していく。「何をつくるか」だけでなく、「どこで利益を生み、どのように社会に価値をもたらすのか」を考える会社にならなければならない。その発想の転換を進めてきました。
岐部 インフラの価値を高め、どのように稼ぐのかを定義し直しても、現場の体質が変わらなければ変革は進みません。そこで前田建設では、受注した時点で赤字が見込まれる工事は引き受けないという原則を徹底しました。ただし、工事を受注したい事業部だけに判断を委ねると、自浄作用はなかなか働きません。経営企画部門が全案件の採算をチェックし、条件が合わない案件は見送るという取り組みを2017年頃まで粘り強く続けました。当時は「現場を知らない若手に何がわかるのか」という反発もあり、社内の風当たりは正直強かったです。それでもやり続けた結果、前田建設は約10年前から工事損失引当金はほぼゼロとなり、赤字が見込まれる工事を抱えない体質へと変わりました。今の高い利益率を支えているのは、この受注規律だと思っています。
東原
日立製作所にも、似た構造がありました。技術者はどうしても「素晴らしい発電所を納めた」「良いシステムを入れた」というものづくりの誇りを優先し、採算を二の次にしてしまう。その結果、建築や土木の技術を持たないのに火力発電所を土木工事まで含めた一括契約で受注し、機器では黒字を出しながら、6割を占める工事部分の赤字によって全体では赤字に終わるケースが続いていました。本業から考えたら「飛び地」に当たる仕事は、リスクが読めません。
そこで、2018年までに土木が絡む受注をすべてやめさせ、エンジニアリングと機器に集中させました。何を捨て、何に賭けるかを明確にした結果、EBITDAマージンは12〜13%に達し、2016年に500円だった株価は今、約10倍になっています。
岐部 経営者の仕事は捨てる決断と同時に、将来の成長に向けて大胆に賭ける決断の両方が必要です。その意味で、大型投資やM&Aはトップの信念とガバナンスが最も問われる局面だと私も思っています。
東原 まさにそれを実感したのが、米国のデジタルエンジニアリング会社GlobalLogicの買収でした。売上950億円の会社を1兆円、EBITDA倍率34倍で買うわけですから、社外の独立取締役が13人中10人を占める取締役会では相当な議論になりました。私は、「今は高い買い物かもしれない。しかし、5年後、アジャイル開発ができずに事業そのものが成り立たなくなるリスクと、どちらが大きいですか」と問い直しました。執行というアクセルと、取締役会というブレーキ。この2つをバランスさせることがガバナンスの本質だと思います。
岐部 我々が日本風力開発を買収した時も同様でした。当時の日本風力開発は、すでに完成した発電所を売却しており、残っていたのは収益化前の開発案件ばかりでした。営業利益はほとんど立っておらず、通常の財務指標では説明しがたい2,000億円超の投資です。取締役会では「ここにいる皆さんにも、私にも直接のリターンはないでしょう。しかし、この案件には将来500億円規模のEBITDAを生み出せるポテンシャルがある。10年後、20年後のインフロニアを支える成長基盤への投資だと思って挑戦しませんか」と話しました。社外取締役それぞれから様々な意見が出て、議論は簡単にはまとまりませんでした。しかし、最終的には満場一致で承認されました。短期的な業績やキャッシュフローではなく、5年後、10年後、その先のインフラの未来を見据えて判断する。インフロニアの経営理念に賛同し、同じ視点を共有できる取締役会だったからこそ、この大きな決断を下すことができたのだと思います。
岐部 変革の実行力を左右するのは、「どれだけ多くの従業員が仕事を自分ごととして捉えているか」だと思います。企業規模が大きくなるほど組織は縦割り、横割りの弊害が生まれ、「それは私の仕事ではない」という発想が生まれやすくなります。リーダーシップや教育で解消していっても最後に残るのはプライドという「心の壁」です。これを崩すために必要なのが、大義です。誰もが総論で腹落ちできる次元の目的がなければ、人は本気では動きません。大義を共有さえできれば、「規制があるから」「前例がないから」「業界の常識に合わないから」といった各論の反対意見にも、一つひとつ丁寧に向き合って潰していけます。リスクも同じです。「誰が責任をとるのか」と問い詰めれば、組織は萎縮してしまう。しかし、「そのリスクをどう解消するか」という前向きな議論に変えれば、人は知恵を出し始めます。私は、組織の可能性を決めるのは能力よりも挑戦する意思だと思っています。やろうと思えば、大抵のことはできてしまうものです。
東原
従業員のベクトルを合わせる難しさは、日立製作所も痛感してきました。今や6割は海外出身で、文化も価値観も異なります。共通言語として掲げたのが「One Hitachi」です。社会課題の解決を自分ごとと捉える主体性、自分の意見を押し付けず相手を理解したうえで議論する共感力、周囲を巻き込みながら約束を守るコミットメント。この3つの行動を全員に求めました。
しかし、意識は一朝一夕には変わりません。大きな改革の最初の3〜5年は、トップダウンで引っ張るしかないのです。大事なのは、結果を従業員に示すこと。「この方法なら成果が出る」という納得感がなければ人は動きません。納得感が生まれたら、今度は従業員が自分から動くボトムアップを促すフェーズです。言いたいことを言える職場をつくり、良い挑戦は褒める。そういう環境を整えるのがトップの役割だと思います。
岐部 日立製作所の「Lumada」は、あらゆる部署のデータに誰もがアクセスできる箱をつくったという意味で、縦割りを排除する仕掛けとして機能しているのではないでしょうか。
東原
まさにそうです。「Lumada」は日立製作所が培ってきたソリューションを1カ所に集め、お客様の課題に合わせて組み合わせて提供する、いわばショールームのようなプラットフォームです。生まれた背景には縦割りへの反省があります。2014〜15年当時は事業部ごとの壁が厚く、現場の情報が社長の私にまで届かず、業績計画も2年続けて未達に終わりました。そこで、2016年に事業組織を小さなビジネスユニットに再編、社長直轄として、事業の実態を見える化しました。その狙いは、縦割りを打破し、部⾨を横断して顧客の課題発⾒から開発・運⽤まで⼀貫して担う仕組みの構築にありました。
この組織改編とあわせて、事業横断で横串を通す共通プラットフォームとして「Lumada」を立ち上げたのです。今では日立製作所の成長のシンボルになっています。
岐部 実は、当社がコンセッション事業を通じて築こうとしているインフラデータの共通基盤も、「Lumada」と発想は近いと思います。空港、道路、水道、アリーナと、運営するインフラからは日々膨大なデータが集まります。それを個別最適で終わらせるのではなく、共通の基盤に蓄積し、種類の違うインフラの運営にも横断して活用できるようにする。例えば、ある施設の運営で得たデータや知見を、別のインフラの維持管理や利用者サービスの向上に活かしていくという発想です。つくるだけでなく運営まで担うことができる当社だからこそ蓄積できるデータであり、その基盤づくりを今、進めています。
東原 目指す方向は同じだと思います。日立製作所は鉄道やエネルギーをデジタルで束ねるアプローチ、インフロニアは土木・建築とコンセッションから迫るアプローチ。入り口が違うだけです。2040年頃には、交通、エネルギー、建設といった業種の垣根を越えてインフラ同士がつながり、一人ひとりに最適なサービスを届ける1つの基盤、いわば「社会インフラOS」になっていくと見ています。日立製作所の「Lumada」も、インフロニアが築いているインフラデータの基盤も、そこへ向かう布石だと私は捉えています。ゴールは、誰一人取り残さない人間中心の社会「Society 5.0」です。
岐部 インフロニアが掲げる「総合インフラサービス」の実現の鍵は、住民一人ひとりが自由にインフラに参加できるような「参加型の社会」です。海外のスマートシティの事例では、企業の利益を優先しすぎて、住民の共感が得られなかったことも少なくありません。その点、日本人には社会全体の利益を重んじる価値観があり、「三方よし」のマインドセットを持つ日本企業が取り組めば、必ず成功すると確信しています。インフラは本来、人を幸せにするためのものです。だからこそ、社会課題の解決という大義に向けて、これからも建設業の枠に捉われない自由な発想でチャレンジを続けます。
東原 社会全体の利益を考え抜く姿勢が、これからの日本の強みになります。土木・建築の力とコンセッションのサービス事業体を併せ持つ御社には、その先頭に立つ力があります。御社の「総合インフラサービス企業」への進化を強く期待しています。