インフロニア・ホールディングス株式会社
取締役 代表執行役社長兼CEO
岐部 一誠
1986年前田建設工業入社、2014年常務執行役員、2016年から取締役や経営革新本部長等を歴任し、2021年10月インフロニア・ホールディングス取締役代表執行役社長兼CEO就任
インフロニア・ホールディングス株式会社
取締役 代表執行役社長兼CEO
岐部 一誠
1986年前田建設工業入社、2014年常務執行役員、2016年から取締役や経営革新本部長等を歴任し、2021年10月インフロニア・ホールディングス取締役代表執行役社長兼CEO就任
2021年10月に「インフロニア・ホールディングス株式会社」を設立して3年が経ちました。前田建設工業、前田道路、前田製作所を事業会社とするホールディングス体制に移行後、2024年1月に日本風力開発が加わり、新たな仲間とともに「総合インフラサービス企業」というこれまでにない新しい企業を目指して挑戦を続けています。
社会基盤を支えるインフラ
※1を将来にわたってどう保持・維持していくかという大きな社会課題の解決策として、私たちは請負を最終目的としない「脱請負」※2という旗を掲げ、既成概念を超えて未来の価値を自ら創出したいと考えています。在るべき姿を実現するため、積極的なM&Aやグローバル展開も含め、事業領域拡大に挑戦し、インフロニアグループの持続的な成長を目指します。
私たちが掲げている「総合インフラサービス企業」とは、様々なインフラ分野に関わる包括的かつ効率的なサービスを地域や自治体、社会全体に提供していこうとするものです。
このビジネスモデルの背景には、インフラを取り巻く社会課題を解決したいという想いがあります。私たちの生活や社会基盤は、道路や空港、上下水道など様々なインフラによって支えられています。高度経済成長期には新たなインフラの整備が進み、社会が便利になり、以前に比べて生活は格段に快適になりました。
ただ、造り終えたインフラは、その先20年、30年と維持・更新し続けなくてはいけません。今日、日本は少子高齢化が進み、人口減少の岐路に立っています。税収減による建設投資の財源不足が進むほか、インフラの担い手不足等により、多くの地域では既存インフラの点検・保守がままならず、老朽化が進み、社会の安全性や快適性を揺るがしかねない状況に直面しています。こうした社会課題を解決するために、「総合インフラサービス企業」として、あらゆるインフラを上流から下流までワンストップでマネジメントするインフロニアグループが貢献できることが数多くあると信じています。
社会を支える国民全体の資産であるインフラを高い水準で維持し続けるには、民間の力が不可欠です。そのためには、長期的に事業としてきちんと収益が出るビジネスにしていかなければいけません。私たちが保有・運営するインフラの付加価値を高め、場合によっては資本のリサイクルを進め、インフラ投資市場の活性化につなげたいと考えています。
このような企業コンセプトやビジネスモデルは、日本では確立されているわけではありません。当社グループは、中長期的なファイナンスの視点をもって未来の価値を構想し、自ら新たな市場を作り出すリーディングカンパニーであると自負しています。
▶「ビジネスモデル」については 冊子版統合報告書 P.23 をご覧ください
主要事業会社のひとつである前田建設では、2011年から「請負」に加えて「脱請負」を経営戦略の柱に掲げてきました。総合インフラサービス企業はその時からの目指す姿です。当社グループが成長し続けるには、従来の「請負」での利益確保に加え、安定した収益基盤を築く必要があり、インフラサービス※3を主体とする新たなビジネス「脱請負」に当社グループの未来を見出しています。
ホールディングス体制に移行したことにより、事業会社の前田建設、前田道路、前田製作所の3社が顧客情報を共有 し、技術力の向上、受注競争力の強化、実行予算・施工計画の精緻化などのシナジーを生み出しながらグループとして成長する体制を整えてきました。そして、2024年1月、新たに日本風力開発が仲間に加わりました。
▶シナジーの詳細は
冊子版統合報告書 P.40
、日本風力開発については冊子版統合報告書 P.41 ご覧ください
今回の買収は、脱請負の一つの柱である再生可能エネルギー事業を加速するためのチャンスを得たと思っています。再生可能エネルギー事業においては、インフラへの投資と運営で利益を獲得し、EXIT( 案件売却)まで行い、資本をリサイクル(キャピタル・リサイクル)するビジネスモデルに転換しようとしており、日本風力開発が開発した風力発電所の売却益や発電所の運営収益を見込むことができます。また、日本風 力開発は事業性評価のプロセスまで到達したプロジェクトの成功率が95%と極めて高い成功率を誇っていることも強みです。さらに、開発や運営、メンテナンスの部門も有していますので、前田建設の設計・建設部門とともに風力発電のライフサイクルを一気通貫で手掛けることができるようになります。
社会全体でカーボンニュートラルを目指すうえで、太陽光や風力、バイオマスなど様々な再エネ発電の技術開発や社会実装が進んでいますが、実装までのスピードも創出する電力規模も社会が必要とする量には全く足りていません。国内外で環境価値の需要が高まっており、再生可能エネルギー事業はサステナブルなビジネスとして、グループ全体の企業価値を牽引するものと考えています。
日本風力開発を買収すると発表した際には、社内外から驚きの声が上がりました。買収が速いスピードで実現したので驚かれることも多いですが、決して思いつきや拙速で決めたことではありません。持株会社化によるグループ経営を20年近く前から考えてきたように、実は再生可能エネルギー事業を拡大させていくためのM&Aは前田建設が以前から考えてきたことです。
前田建設と日本風力開発は元々受発注の関係にあり、一緒に開発を進めた実績もあります。日本風力開発は日本有数の風力発電の開発会社であり、戦略上で非常に有力な企業だと考え、買収を決断しました。事業性や将来性が未知数の企業よりも実力や能力を理解している日本風力開発の方がグループとしてのシナジーを早期から発揮しやすいというメリットがあります。M&Aの目的は単純な売上や利益の追求だけではなく、グループの価値を高めることだと思っています。買収した会社と一緒にビジネスを行うことで事業会社間のシナジーを創出し、当社グループ全体が進化していくようなM&Aでなくてはいけません。
脱請負のもう一つの柱はコンセッション※4等の官民連携事業です。公共施設等の運営・維持管理を長期にわたって計画的に行うことで、当社グループの安定した収益基盤の構築につながるだけでなく、民間独自のアイデアを取り入れ、付加価値を高める事業を通じて地域活性化が促進されるといった相乗効果も期待できます。
2024年6月には前田建設がコンソーシアムの代表企業を務める「富山市総合体育館Rコンセッション事業」を落札しました。富山市が推進するコンパクトシティ戦略の実現に向けて、施設の収益化と長寿命化を実現し、新たなまちづくりの中核施設としてにぎわいを創出する拠点とすることを目的にしています。
ほかにも「国立競技場運営事業等」の運営事業グループ(代表企業:(株)NTTドコモ)や、豊橋アリーナを含む「豊橋市多目的屋内施設及び豊橋公園東側エリア整備・運営事業」のコンソーシアム「TOYOHASHI Next Park グループ」(代表企業:スターツコーポレーション(株))でも、前田建設が構成企業の主要な1社として加わるなど、着実に実績を積み重ねています。
脱請負は、長期目線で成し遂げる大きな目標を設定し、そこからバックキャスティングして事業を遂行していかなければ、将来を見据えた変革はできません。常に10年先を見据えて10年後の目標を成し遂げるため、脱請負を強化させて経営課題に取り組んでいきます。
当社グループの成長を加速させるドライバーとなるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も継続しています。今期はビジネスの成長と効率化を支えるためのデジタル戦略に基づき、グループIT基盤の整備や情報セキュリティ体制の構築、生成AI基盤の整備、グループデータマネジメントの推進など、グループシナジー拡大と新たなビジネスモデルに向けた取り組みを行いました。なかでも、新たな挑戦として「Fracta,Inc(. 本社:米国シリコンバレー)」が保有する水道配管の「余寿命診断システム」について、水道コンセッション/ウォーターPPP事業向けに独占的開発ライセンス契約を締結しました。AI×ビッグデータによる余寿命診断の技術開発共有だけでなく、当社グループのデータサイエンティストをFractaの拠点に留学させるなど、人材育成の取り組みも行いました。引き続き、デジタル技術を用いたルールチェンジに挑戦していきます。
▶成長を加速させるドライバーの詳細は
冊子版統合報告書 P.59 をご覧ください
※3 インフラサービス…用語集、※4 コンセッション…用語集をご参照ください
中期経営計画を着実に達成していくことがビジョン達成の重要な鍵になります。2024年度を最終年度とする現中期経営計画では事業利益590億円を目標に設定し、グループ一丸で目標達成に取り組んでいます。
さらに「INFRONEER Vision 2030 中長期経営計画」では、2030年度の営業利益1,000億円以上、純利益700億円以上、ROE12%という業績目標を掲げています。現状の事業構造のままでは、この目標を達成することは難しいでしょう。ビジネスのパラダイムシフトを通じて、社会に価値を創造し続けるために、積極的に成長投資を行い、M&Aやアライアンスを進めて事業拡大を図る必要があります。
▶中長期経営計画の概要については 冊子版統合報告書 P.35 をご覧ください
グローバルの事業展開では従来の国内ビジネスのやり方は通用しません。競争相手は日本企業だけではありませんので、短期的な業績を追求するのではなく、長期的な視野に立ったグローバル展開を検討していきます。資金調達もグローバルな視点で考えなければなりません。
リスクを取って競合に先駆け、成長が見込める事業に資本を投下し、バリューを上げるアイデアをさらに付加していくというように、将来のバリューを開発段階から考えて事業に取り組むことが我々に求められています。
他社に先んじて積極的な投資を行って事業基盤を構築することで、市場が成長・成熟した際に先行者利益を得ることができます。2番手として1番手の手法を模倣することも可能ですが、最初に飛び込んだ企業にしか見えないことや、先行者だからこそルールを作れるメリットが確実にあります。
こうしたビジネスに挑戦できる経営の体制として指名委員会等設置会社を選択しており、取締役会議長、指名・報酬・監査の各委員会の委員長を社外取締役が務めています。経営の監督と業務の執行を明確に分け、最も厳しいコーポレート・ガバナンスの仕組みにすることで、緊張感を持って経営と業務執行を推進しています。
指名委員会ではサクセッションプランを作成して2024年4月から稼働しています。役員報酬は業績に連動する変動報酬の比率を高く設定し、利益成長を重視した報酬体系にしました。コーポレート・ガバナンスのさらなる強化に向けて、内部統制システムで四半期ごとの報告とモニタリングも行っています。
グループの変革を推進するうえで最も重要なのが人的資本です。私は、基本的に人材は育てるものではなく自ら育つものだと思っています。そのために会社として社員がさらに成長するための環境や制度を提供していく必要性を認識しており、各階層の成長課題に応じた社内研修の開催や社外の異業種交流型研修への受講者派遣など、経験の幅を広げる機会を設けています。
もう1つ大切なのが構想力を持つことです。2024年4月から業務とは直接関係のないリベラルアーツ(哲学や社会学など)の書物を読み、社員同士がディスカッションを重ねて人間力を磨けるような機会を作りました。
今後はグループ共通研修の実施も検討しています。インフロニアを軸に事業会社の社員の人的交流は進んでいるものの、各社が個別に実施している研修を共通化あるいは共同で実施し、グループのさらなる一体感を醸成したいと思います。
グループ共通のタレントマネジメントシステム導入も検討しています。グループが抱える人的資本を可視化するプラットフォームを構築し、人材育成や人事異動などの施策につなげたいと考えています。
▶人的資本については 冊子版統合報告書p.75をご覧ください
2024年4月から、グループの全従業員に対して自社株式を給付するインセンティブプラン「株式給付信託(J-ESOP)」を導入しました。グループの企業価値を反映する「インフロニア株式」を媒介として一体感を高め、グループの一員であるという当事者意識、具体的には、「グループへの愛着・親近感」、「経営への関心」、「株式市場への興味」、「グループ利益への意識」を向上させることが目的です。
全国13事業所で実施しているタウンミーティングや経営会議のライブ配信、取締役会の議事録の全社員への公開等は当社設立時より継続しており、グループ意識の醸成やエンゲージメント向上、シナジー創出につながることを期待しています。
▶「 株式給付信託(J-ESOP)」については 冊子版統合報告書 P.36 をご覧ください
脱請負を推進していく中で、請負のビジネスを減らしていくのかと質問を受けることがありますが、それは誤解です。脱請負ビジネスが増えることで、結果として請負ビジネスが占める割合が下がるかもしれませんが、請負の事業自体を縮小することはまったく想定していません。請負と脱請負は二項対立ではなく、大きく言えば、契約が建設工事のみに関わるものなのか、それともその後の運営まで含めるのか、投資を伴うのか伴わないのかの違いだけです。
私が社員に求めているのは自らが新しい価値を作るという発想で事業に取り組んでいく姿勢です。従来の請負という業態にとらわれず「請負的な発想から脱する」という脱請負思考を持ち、請負を強くすることが脱請負でのリターンを最大化させる武器になり、請負と脱請負の好循環によって利益を生み出すということを忘れず、各々の業務に取り組んでほしいと思っています。
今日まで、既成概念に縛られずに従来のやり方を突破していくため社員の意識改革に注力してきましたが、グループ全体の意識が徐々に変わってきたことを実感しています。社員も緊張感を持って総合インフラサービス企業という新たな未来を目指しています。
当社グループの2023年度(2024年3月期)の業績は、前年比で大幅な増収増益を達成しました。資材価格や労務費が上昇基調にあり、建設業界における好不調の差が明確に分かれる中で好調を維持できている背景には、約10年以上前から取り組んできた受注規律の強化や、顧客との信頼関係による価格交渉など、過去からの改革の延長線上に今があるためだと考えています。
総合インフラサービス企業という誰もまだ見たことのないビジネスモデルに変容することを目指して当社設立から3年、私たちが立てたこのビジョンは正しいと確信しています。
その上で、ステークホルダーの皆様には、私たちの目指すビジネスモデルは先行投資が必要なビジネスであるという点をご理解いただきたいと思っています。インフラビジネスには事業リスクもあり、大きな投資が伴うこともあります。私たちは事業の価値を未来に置き、手掛ける事業が将来生み出す価値を算定し、バックキャストで先行投資しています。そして、これまで培ってきたエンジニアリング力や金融ノウハウを活用することでリスクを最小化し、大きなリターンを生み出そうとしています。
今後も、私たちのビジョンを伝え続け、長期的な収益力やキャッシュフロー創出、資本の分配や株主還元など市場からの要請に応えるために投資家及びステークホルダーの皆様と相互理解を深める場や情報開示を充実させていきます。私たちの壮大な挑戦を見守っていただき、その取り組みを評価していただきたいと思います。皆様の期待に応えるべく役職員一丸となって当社グループの持続的な成長に取り組みます。