特別対談

社員が価値を語れる企業が「強い企業」になる
二人の経営者が語る変革への挑戦

岐部きべ 一誠かずなり
インフロニア・ホールディングス株式会社
取締役 代表執行役社長 兼 CEO
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山下やました 良則よしのり
株式会社リコー
取締役会長

社会環境や市場の変化を見据えて行う事業変革は
社員と共に進めていく

岐部 山下会長とは以前から懇意にさせていただいており、リコーの事業変革についても様々なお話を伺ってきました。オフィスオートメーション(OA)という概念を世に広めた歴史ある世界的な企業でありながらも、2020年には「デジタルサービスの会社への変革」を宣言されるなど、変化を恐れない挑戦する姿勢は学ぶべきことが多いと感銘を受けています。
インフロニアも「脱請負」を掲げ、建設業の枠を超えた総合インフラサービス企業を目指しています。業種は異なりますが、企業のビジネスや考え方を大きく変えていくという意味では、私たちも同じ課題に直面していると感じています。

山下 リコーは90年近い歴史がありますが、これまでの歩みを振り返ると、まさにお客様の“はたらく”の変化にあわせて事業を変革することで成長してきた企業と言えます。それは、私たちが「機械にできることは機械に任せ、人はより創造的な仕事をするべきだ」という想いをOAという言葉に込めて、様々な機器やサービスの提供を通じて、働く人の生産性向上や創造力の発揮を支援してきたことからもわかっていただけるはずです。
2000年代に入り、ペーパーレス化の進展や世界金融危機、コロナ禍といった環境変化でプリント需要が大きく減少しました。「このままでは2036年の創業100周年を迎えるころには会社の存続が危うい」と考え、デジタルサービスの会社への変革を目指すことにしました。
この変革を進めるにあたり重要視したのが「人」でした。事業変革は社員が動かないと実現しません。だからこそ、社員がこの変革にどのような意味や価値があり、それが自分たちの充足感・達成感・自己実現にどのようにつながるのかを理解し、自律的に変革に取り組むための環境整備を進めていくことにしたのです。その変革をどの方向に進めるのかを示したのが、2036年ビジョン※「“はたらく”に歓びを」です。社員が自分の仕事の意味を理解し、誇りを持てるようにしたいという想いを込めたものであり、これを実現することで企業としての存在意義を高めたいと考えています。今はまだ道半ばですが、確かな手応えを感じています。

岐部 社会環境や市場の変化を受けて、会社の将来を考えた時に、ビジネスモデルの課題や事業変革の必要性を感じたという点や、その実現のために社員の力が必要になるという考えは、私たちも同じです。当社が直面した課題は、2000年代から少子高齢化や人口減が進む中で、高度成長期に整備したインフラをどう維持していくかということ。インフラをつくることに主眼を置いた請負契約だけのビジネスでは、いずれ立ち行かなくなるという危機感から、前田建設では2011年に「脱請負」を宣言しました。PPP/PFI(官民連携)※や再生可能エネルギー事業に踏み出し、つくるだけでなく、運営や投資まで担うモデルへの転換を進めてきました。最初は仮説でしたが、次第に間違っていなかったという手応えを得て、2021年にはホールディングスを設立し、複数の収益源を育てる基盤づくりを経て、現在は投資の拡大を進めています。
こうした取り組みを通じて、当社は総合インフラサービス企業としての方向性を定め、今後は社員一人ひとりが変革の担い手として成長し、誇りを持てる企業にすることが重要になると考えており、その進展に注力していく計画です。

前例や慣習を超えて挑む
社員の主体性がつくる現場発の価値創造

岐部 事業モデルを変えるうえで最も難しいのは、組織や人の意識や行動を変えることです。特に建設業では長年の前例や慣習を守ることが、安全や品質の確保につながってきたことも否めません。しかし、それが新しい発想を阻んでしまうこともあり、変化が起こりづらい業界と言えます。その中で、「こういうものだ」と受け入れられてきた暗黙の規範を問い直し、必要ならば打ち破る。それが私たちの掲げる「脱請負」の核心です。しかし、理念を掲げるだけでは変化は起きません。事業変革を進めていくうえでは、社員一人ひとりが自分の仕事が社会にどう役立っているかを実感し、自ら語れるようになることが重要だと考えています。

山下 当社も同じ課題を抱えていました。ものづくり企業としてプリントビジネスで培った成功体験は、デジタルサービスの会社への変革を難しくしていた部分があり、社員の意識と行動、また人材活用の仕組みを変える環境整備が必要でした。その課題を解消するために導入したのが「リコー式ジョブ型人事制度」です。欧米型の仕組みをそのまま取り入れるのではなく、日本の文化や社員のキャリア形成を考慮した運用にすることで、社員が安心して様々な挑戦に踏み出し、役割の枠にとらわれず自律的に働けるようにしました。さらに、社員が自ら事業アイデアを提案し、採用されれば社長直属の部署で3年間事業化に専念できる社内起業制度「TRIBUS(トライバス)」も設けました。事業化への評価はもちろん、社員の挑戦そのものを評価する仕組みもセットにすることで、制度が形骸化せず、社員の意欲向上につながっています。こうした取り組みにより、社員が会社の変化を自分ごととして捉え、挑戦を通じて手応えを感じられる機会が着実に増えたことも、事業変革の大きな推進力となっています。

岐部 社員の力を事業変革の力に変えていくためには、現場でしかわからない課題を自分たちで考え、解決する姿勢が欠かせません。たとえば仙台空港の運営では、保安検査の待機列という課題に対し、ゲートを増やすのではなく、チケット確認の位置を変えるという工夫で渋滞を大幅に減らすことができました。これは現場でしかわからない発想です。現場で課題を見極め、主体的に改善を積み重ねることで価値は創出できる。こうした姿勢が根づくことで、社員一人ひとりが自分の仕事の価値を自分の言葉で語れるようになり、事業モデル転換を成功させる力になるはずです。

2030年を見据えたビジョンと 投資戦略脱請負を利益の柱に据えて
社会課題の解決を実現する

岐部 上流や下流にまで大きく領域を広げるというビジネスモデルは、社会にとっても価値があり、そこで働くグループの社員にとっても誇りを感じられるものだと考えています。海外の経営者から「事業モデルの血を入れ替えるには10年かかる」とアドバイスを受けたこともあり、当社にとって2030年が一つの節目になると捉えています。それまでに、売上は請負事業が多くても、利益の半分以上を脱請負で生み出せる状況を実現したいと考えています。もちろん簡単なことではありませんが、その実現に向けて、再生可能エネルギーやスタジアム・アリーナ運営といった長期で価値を生む事業に戦略的な投資を進めているところです。

山下 インフロニアが日本風力開発を約2,100億円で買収したのは大きな一手だと思います。事業の幅が広がる一方で、投資と運営のバランスはどのように取っていくのですか。新しい事業の価値を高めるには、投資だけでなく運営の工夫が重要だと感じています。

岐部 投資と運営のバランスは、投資で成長の種を蒔き、運営でその価値を最大化するサイクルで取っていきます。ただし風力への投資は長期で価値を生みますが、設備更新や運営の負荷も大きいため、キャピタルリサイクルを意識した運営も重要です。運営して価値を高めた事業を適切なタイミングでイグジットし、その資金を次のプロジェクトに回す。こうした循環をつくることで、より多くの社会課題に取り組める体制を整えたいと思っています。日本風力開発の買収は時価総額の半分に迫る規模の投資で、社内外でも様々な意見がありましたが、挑戦の意義を具体的な成果で示すことで理解を得ていく意向です。

山下 地域適応の重要性もありますね。私も海外での経験から、事業価値を最大化するには地域ごとに特化したモデルをつくることが欠かせないと感じています。

岐部 地域の特性に応じたモデルづくりは、再生可能エネルギー事業でも極めて重要です。例えば日本海側の風力発電は、波力が強く雷も多く、ブレードや基礎構造に欧州規格のままでは耐えられないリスクがあります。だから本来は欧州や中国の規格をそのまま導入するのではなく、日本の気候や地形に適した設計・技術開発と、それを前提とした運営モデルが必要なのですが、現在は、そのような形がなかなかできていないというのが実情です。私は、そうした地域適応を進めることが、日本企業である私たちに課された役割だと考えています。最も、現状では容易ではない部分も多く、引き続き取り組みを深めていかなければならないでしょう。

山下 再生可能エネルギー事業で地域特性に合わせたモデルを構築する取り組みは、企業価値にも直結するはずです。それをどのように投資家に説明していくのかが重要ですね。どのようなストーリーを描いていますか。

岐部 社会課題の解決は時間がかかる仕事です。だからこそ投資家の方々には、こうした挑戦が長期的な成長につながるモデルであることを理解していただきたいと願っています。そのために、数字だけでなく、私たちが社会にどんな価値を生んでいるのかを丁寧に伝え、共感と信頼を得ながら、長期的な成長を共に実現していきたいと考えています。

リスクを価値に変える挑戦が
社員を成長させ、企業を「強く」する

岐部 大きな挑戦には、政治や財政、気候変動など数えきれないほどのリスクが伴います。近年は世論の影響が政策判断に強く反映される傾向もあり、国や自治体の方針が大きく振れる可能性もあります。こうした不確実性の中で、事業をどう進めるかは非常に難しい課題です。しかし、私はリスクのないものにはリターンも少ないため挑戦する意味は薄いと考えています。だからこそ、社会課題の解決や企業価値の向上につながる挑戦に、今後も注力していきたいです。

山下 リスクがあるほど、チャレンジの価値は高まります。大事なことは、そのリスクをどの程度正しく捉えられるかどうかです。外から見れば大きなリスクでも、当事者からすれば許容範囲かもしれませんし、その逆もあります。だからこそ、リスクをどのように可視化し、マネジメントするかが、とりわけ重要になってくると思います。

岐部 山下会長もエンジニア出身なのでおわかりいただけると思いますが、リスクは、自分たちに技術があればマネジメント可能なケースもあり、サイエンスである程度解決できると考えています。外部と内部でリスクの見え方に差があるからこそ、他社が踏み込めない領域に挑戦することもできますし、その結果として独自の価値を生み出せることもあります。

山下 技術の裏付けによってリスクを価値に変えられることは、インフロニアの大きな強みです。そして、その価値を支えるのは社員一人ひとりです。自分の役割や仕事の意義を理解し、それが社会課題の解決にどうつながるのかをお客様に自ら伝えられる社員が多い企業こそ「強い企業」だと思います。そうした社員が増えれば、企業は「よい企業」から「強い企業」へと進化することができると信じています。

岐部 社員一人ひとりの力は、当社が総合インフラサービス企業として挑戦を続けていくための強さの源泉です。この力が社内に広がれば、どんなリスクにも自律的に向き合える組織となり、社会に選ばれ続ける「強い企業」へと進化できるはずです。

日本の未来に必要とされる存在として
覚悟を共有し、強く進化する企業へ

岐部 少子高齢化や財政制約といった日本特有の課題の中で、高度成長期につくられたインフラをどう維持し、価値を高め続けるか。これは社会全体が避けて通れないテーマです。私たちはその解決のために、請負の枠を超え、運営や投資も含めたインフラのライフサイクル全体に関わるビジネスモデルに挑戦してきました。時価総額の半分に迫る規模の投資も行ってきましたが、それをやる意味と価値、そしてやらなければならないという確信があるからこそ進めています。この覚悟をグループ全体で共有し、未来の社会に貢献できる企業として進化を続けます。
社員が誇りを持って自らの価値を語れること。社会に必要とされるインフラを支え、新しい価値を生み出し続けることで、未来の日本にとってなくてはならない企業となる。それが私たちインフロニアの目指す姿です。

山下 インフロニアや、岐部社長の取り組みには、確固たる意志とスピード感があります。大きなリスクを伴う挑戦も、そこに社会課題の解決という明確な軸があるからこそ価値が生まれる。その軸がぶれない限り、取り組みは必ず実を結びます。私は、御社がそのような「強い企業」へ進化することを強く期待しています。